吹野には時々飛び込みのお客様があります。
昨年の3月、まだ少し風が冷たい日でした。
スーツに黒いカバンという、如何にも営業マンという出で立ちの若者が入ってきました。
「こんにちわ~」と「珈琲をお願いします!」と言うが早いか「お手洗いお借りします!」と黒いカバンを置くと、一目散にトイレへ駆け込みました。
ずっと我慢して来たのかな~なんて気の毒に思いながら珈琲を淹れていると、若者はスッキリ爽やかに出て来て、私の正面のカウンター席に腰を降ろしました。
「素敵なお店ですね~!」と店内を見回しながら言いました。セールストークのお世辞かもしれないけど、私は心から思って言ってくれたのだと受け取り「ありがとう!」とお礼を言いました。
それから彼が名刺を差し出したのですが、よく分からない名刺なので、何の仕事か尋ねると、話してくれたお仕事はこうでした。
バスに乗った事がある方ならご存知かと思いますが、それぞれのバス停に近づくと「次は○○前です」などのアナウンスが流れます。
その時、「○○へ行かれる方は、ここで降りると便利です」というような案内が付け加えられる事があります。
私は彼からその話を聞くまで、そのアナウンスは、バスの親切なサービスだと思っていたのですが、実は、有料の広告宣伝であり、彼はそのスポンサーを獲得する為に歩いているのだというのです。
「へ~え!」と感心する私。
もしかして、当店にもその営業をする為に来たのかと思いましたが、幸か不幸か、ここはバスの路線沿線ではなく、対象外でした!!
それから話が弾み、彼が今日契約してもらったところのアナウンスを作ったものを、これでどうか?とアドバイスを求められるままに、色々意見を言わせてもらったりして、愉しい会話が出来ました。
一週間という期間限定で広島から来ていると言い、また次の日もやって来た。
どうやら吹野を気に入ってくれたらしい。
そして私が、どうしてこの仕事を選んだのかと質問したからだったと思うのですが、この仕事に就く前は、役者を目指し頑張っていた!という話になりました。
これまた「へ~え!」と感心する私。
トイレもお風呂もない安アパートで、何人かの仲間たちと頑張ってみたけど、どうにも芽が出ず、諦めて就職したのだと言う。両親の心配もあったとのこと。
一緒に頑張っていた仲間を聞くと、私も知っているお笑い芸人の名前が何人かあがった。
ちょこっと、その他大勢として出た作品があるかと問うと、あります!と言う。
「何?!」と訊ねると、「映画 海猿Ⅰです!!」と言うのです。
「凄いじゃない!!」と、はしゃぐ私に、ほんのちょっとで、知らなければ見過ごしてしまうようなワンシーンですから!!」と首を竦める若者。
彼が説明してくれたそのシーンに気をつけながら、「必ず君を見つけるからね!!」と約束し、その週末の夕方でした。
「今から広島に帰ります。色々ありがとうございました。今度は仕事じゃなく、また米子に来ます!!」と深々と頭を下げ、若者は立ち去って行きました。
その後、もちろん私は「海猿Ⅰ」を眼を皿のようにして、彼を見つけるべく、正座して、瞬きもせぬよう拝見致しました。
彼は謙遜していました。
しっかりと主役の伊藤英明くんとの絡みもあり、ほんの少しのセリフもありました。
ギョロっとした眼が特徴だったSくん、名演技をしていたと私は思いました。
画面に向かい、Sくんの名演技に拍手を贈りました!!
今も何処かの街で、元気に歩いているでしょうか。
また、いつか、会いたいですね!!