「このクッキーを見ると、あのおじさんを思い出すよね・・・」
カウンターに座り、その中央のカゴの中に並べてあるクッキーを見つめ、
そう呟いたのは、近くの薬局のオーナーでした。
『あのおじさん』というは、近所にいらした優しいおじさんのことでした。
お酒と煙草が大好きで、ほんのり紅く染まったお顔で登場される事もありました。
「猫舌だから」と、冬でもアイスコーヒーでした。
糖分の制限もあったようでしたが、どうしても我慢できない時は、
そのクッキーを召し上がっていました。
そして、そのクッキーは、時に、手土産として、
日頃お世話になっているその薬局へ持参されていたお菓子でした。
少し体調を悪くされてからは、煙草にもお酒にも、ドクターストップが!!
それでも、大好きなものは止められず、部屋でこっそり吸ってたら、孫に見つかってしまい、
「じいちゃん、煙草は いけんよ~って叱られまして!!ここで、隠れ煙草ですわ~(笑い)」
と言いながら、ポケットから煙草を取り出し、嬉しそうに一本燻らせ
至福の時を過ごしていらっしゃったこともありました。
そんな大好きなものを、止める事は、私には出来ず、
「おじさん、本数は減らしましょうね~(笑い)」っと、
そっと灰皿を置いたことを思い出します。
ある日、近所の方から、おじさんが検査入院をされたらしいという噂を耳にしました。
具合が良くないのかな~と心配をしていた、その翌日です。
当のおじさんが、ニコニコ入って来られるではありませんか!!
「あれ!おじさん検査入院って聞いたけど、もう退院ですか?!」と、仰天する私に、
「脱走です(笑い)!!退屈だから脱獄して来たの(大笑い)!!」っと、
親の目を盗んで逃げ出すことに成功した、いたずらっ子のように
肩をすくめて笑いながら、いつもの小箱を取り出すと
ショートホープに火をつけ、幸せそうに煙を満喫していらした姿が、
まるで昨日の事のように思い出されます。
それから数ヵ月後、訃報が届きました。
出棺をお見送りする時、私の瞼に甦ったのは、
少し頬を染め、ご機嫌で煙草を燻らせていらした笑顔でした。
少し経った頃、おじさんの息子さんにお会いした時でした。
「父の遺品を整理していたら、日記のように記していたような手帳が見つかりました。
開いてみると、[○月×日 珈琲屋吹野へ行く][○月×日吹野へ行った]と
毎日 毎日 毎日 ずっと書いてありました・・
家族が忙しくて構ってやれなかった そんな日々を、吹野さんで過ごさせて
もらっていたことを・・・知りました。
ありがとうございました・・・」と頭を下げられ、胸が熱くなりました。
おじさんの寂しさを紛らすお手伝いが出来ていたのかな~と
空を仰いで見ました。
暖かい季節には、私が店を閉めて帰る頃、よく玄関先に出ていらして、
「お帰りですか?! お疲れ様~気をつけてお帰りなさい!!」とか、
「今夜は月が綺麗だよ~」などと声を掛けて下さり、
一緒にまん丸なお月様を見上げた事もありました。
そういえば、お食事やカラオケに誘って戴き、
自慢の十八番を披露して戴いたこともありました。
フランク永井さんの、「有楽町であいましょう」
だったように記憶しています。
今は、あちらで、先に逝かれた奥様と再会し、
仲良く、お酒と煙草を愉しんでいらっしゃるのではないでしょうか。
どうぞ、空の上から見守っていて下さいね!!
もう、脱走したりしないで・・・
旭 幸男
こんにちは、
とても良い文を読ませていただきました。
まず、タイトルにぎょっ! 次に、思わず”にんまり”最後に、、
仕事の合間なのに目が潤んでしまい 困ってしまいました。
ほのかな珈琲の香りが感じられるような気がして なにやかや
思いをめぐらせてしまう読後です。
しばし、目をつむり黙祷 ご冥福をお祈りしてメールを終わります。