とっとりNOW

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皆さんは『とっとりNOW』という情報誌を
ご覧になった事がありますか?!

鳥取県広報連絡協議会というところから
鳥取県のさまざまな情報を収録し、
優れた個性と魅力を発信することで
県のイメージアップを図ることを目的として
3月 6月 9月 12月と年4回発行されている
鳥取県の総合情報誌です。

この「95号」に珈琲屋吹野を載せて戴いています(^^)

巻頭特集は「マンガ王国とっとり 建国に沸く国民たち」
と、現在開催中の「国際まんが博」です。
その次の特集に「心潤す琥珀色のとき
           ~癒しを紡ぐ鳥取の珈琲人~」に
珈琲屋吹野を載せて戴いています☆

この取材を申し込まれるまで知らなかったのですが、
鳥取は珈琲の消費量が2007年に全国1位、2010年も2位
を記録する珈琲好きが多いところなのだそうです!!
それで今回この特集となったそうです(^^)

数ある県内の珈琲店の中から4店舗の中の1店に加えて戴けたこと
とても嬉しく、ここにご報告させて戴きました(^^)v

取材においで下さった編集長の西村さんは
とても気さくで話し易い方素敵な女性でした。
ライターさんも撮影される方も以前他の雑誌の取材で来られた方々で
最初っから和気藹々の雰囲気の中取材をお受けする事ができ、
愉しいひと時でした。
私の写真の表情がその雰囲気を物語っているものとなっています(^^)

出来上がったらまず、東京のマスターに贈ろうと思っていました。
30周年をあんなに喜んでくれた・・・・・
だからきっとこの冊子も喜んでくれたはず・・・・・

どんなコメントをくれるかは想像がつきます(^^)
その声がはっきりと聞こえてきています。

『とっとりNOW』2012Autumn vol.95  本日9月1日発行
県内各書店にて販売されていますが当店にも取り寄せています。
ご希望があればお申し付け下さいませ
 


 

偲ぶ

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いつかはこんな日がくる・・・
それは頭の片隅にずっとあったはず・・・
でも、それが「今」だとは・・・

8月1日見舞った東京の珈琲の師が
旅立ったという報を受け取ったのは
ブログ「夏休み」を載せてから僅か4時間後でした。

10年振りの再会を果たしたブログは、もっと愉しく
感激的に綴りたかった。

なのに4日夜、救急車にて緊急入院された・・・
という知らせを受け愉しかった再会を書けなくなりました。

3日の夜も4日の朝も電話で話していました。
俄には信じられない緊急入院という現実でしたが、
とにかく亦元気になって退院されることを祈るように
再会を喜び合ったことだけはブログに載せました。


まったく信じられない!!
今でもそうです。
今日にも亦いつものように珈琲送ってくれという電話が
掛かってくるような気がしてなりません。
しかしあれから3週間が過ぎましたが、電話はありません。

8月1日、あんなに嬉しそうな笑顔で迎えてくれた人が・・・
すっかり痩せて手術の傷跡も痛々しく闘病の辛さを
ひしひしと感じはしましたが、あと3年は生きる!と
宣言して笑っていた人が・・・

漠然と「喫茶店」をしたいと思い上京を決意したのが
昭和54年の春でした。

下北沢の「壇」というお店で初めてマスターにお会いした日を
まるで昨日の事のようにはっきり憶えています。
いずれ田舎に帰って喫茶店をやりたいという全く未経験の小娘を
快く引き受けて下さったマスターでしたが、その初対面の日
緊張しながら「色々ご迷惑をお掛けするかもしれませんが
とうぞ宜しくお願いします」と硬直しながら頭を下げる私に
ニコニコ笑いながら「いや、迷惑かけられたら困ります
迷惑かけないようにして下さい ハハハ」と・・・

それでなくても緊張しているというのに更に脅かすひと言
だったから、はっきり憶えている。

そんなことを云ってビビらせたマスターでしたが、
実は優しい「師匠」でした。

マスターといる時はお客様とのやり取りが面白く楽しかった。
いつになっらマスターのように美味しい珈琲が
淹れられるようになるのかと気が遠くなるような日もありました。

修行期間は1年・・・という予定が店側の都合で2年に伸びたことも
私にとっては嬉しい出来事でした。
もう少しこのままで居たいという気持ちになっていたからです。

マスターやスタッフの方々、お客様とも親しくなれて
皆さんに優しくして戴いて当初の米子へ帰るという目標も
頭の中から消えて、ずっとこのままここのスタッフでいたい・・・
そんなことさえ思い始めていた居心地が良い珈琲屋でした。

でもそこまでの状況に至るまでには色々な事がありました。
ある日、小さな事で落ち込んでいる私を、新宿の高層ビルの
最上階レストランへ連れて行き、その窓から下を見てみろと云われ
泣きながら下を見下ろすと、人も車もミニチュアのように
小さく小さく見えました。
「みんなちっちゃいやろ?!今ワタシが悩んでる事は
 あれと同じくらいちっちゃい事なんやで~(笑)」
と慰めるでもなく何気なく諭してくれたマスターでした。
勉強になるからと都内の有名な珈琲屋さんにも
あちこち連れて行って貰いました。
喫茶店だけでなく和菓子屋さんやケーキ屋さんなどの
ディスプレイの仕方も参考になるから何でもよく見ておけ・・・
とも教えられました。

珈琲を淹れているとお客様に「マスターの淹れ方に似てきたね!!」
と言われるようになったのはいつ頃だったか・・・
心の中でこっそりガッツポーズを決めたりした。

その出逢いから33年が過ぎました。
が、考えてみれば一緒に過ごしたのは東京での2年間だけです。
マスターは私が米子へ帰ってから益々精力的に活躍され、
珈琲屋だけに留まらず、新宿にステーキ屋「玄庵」をオープン
更に山梨県の勝沼に「風」というワインレストランまでと
次々に夢を実現して、倒れるまで働き続けでした。

「玄庵」も「風」もどちらも素敵なマスターらしいお店でした。
残りの31年間は私が上京して、そのお店に連れて行って戴いたり
マスターが米子へ珈琲屋吹野の様子を観に来て下さったり
時々電話でお話するくらいでした。

病に倒れるまではすべて順調だったのではないでしょうか?!
17年前マスターを襲った「悪性リンパ腫」という病名は
私にとっては初めて聞く病いでした。
そこから始まった闘病生活・・・
大好きな仕事も出来なくなり、どんなに辛かったろう・・・
それからは病床で書き始めた水彩画や、時々出掛けて撮った
写真や便りが届くようになり、元気な頃より頻繁に交流が
始まったのは皮肉なものですね(笑)

今、こうして米子に「珈琲屋吹野」があるのは
この人との出逢いがあったから、と言っても過言ではありません。
ずっと気付かずにいましたが、遠くからずっとずっとこの人が
見守っていてくれたから私は頑張って来られたのです・・・

この頃届く便りの書き出しは「名人さま」でした。
珈琲の腕前、僕を越えたと思ってるやろ~?!とからかい
東京のお寿司屋さんでは「彼女は鳥取の米子で30年も珈琲屋を
やってるんや!凄いやろ~!!」と自慢してくれたあの声が
今も耳元に聞こえる・・・

8月1日も、私には辛そうな顔はひとつも見せず、
ずっと笑っていて、本当にあと3年は大丈夫を装い
私に元気な自分を焼きつけさせ、さよならも云わず
亦逢えると思わせておいて、忽然といなくなってしまわれた・・・

涙がとまりません
でも、四十九日までは泣いていいよ と皆に云われて泣いています。

33年間の「想い出」を胸に頑張って珈琲屋吹野を続けて行きます。
いつかまた「逢える日」まで

2012年8月8日マスター永眠

夏休み

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オリンピックで眠れない夜をお過ごしの方も
多いのではないでしょうか~?!
そんな盛り上がりのさなか私は3連休を戴き
贅沢な夏休みを過ごして来ました。
8月1日2日3日「吹野」へお出でくださったお客様には
大変申し訳ないことを致しました。
この場を借り深くお詫び申し上げます(^^)

行き先は珈琲修行の地「東京」でした。
本当に久々の上京でした。
リニューアルされた羽田空港も初めてで、
ウロウロキョロキョロ!!
今まではモノレールで浜松町から都内入りでしたが
今回は京急で品川から都内へというルートを初体験!!

懐かしい新宿西口駅に降り立つと、駅前ロータリーは
あの頃のままでした。が、そこから大久保方向へ
歩を進めると、あの頃には無かった店舗が犇き
やはり浦島太郎の心境でした。
でも、その「道」は30年前とおんなじで
勢いよく流れる「人の波」もあの頃と変わりませんでした。

青梅街道を渡り、ホテルに荷物を預け
まず足を向けたのは古巣の「新宿珈琲屋」でした。
今はもう無い、と解っていても向かわずにはいられません。
ここを左に曲がると角に八百屋さんがあって・・・
ドキドキしながら曲がった先に見えたのは
八百屋さんと見知らぬ店が3店つらなっているだけ・・・

解ってはいても「あとかたも無い」のが辛かった・・・
見覚えのある建物は向かいにあるビルだけでした。
時の流れがすっかり街を変えていました。
青春の1ページは消え去ってしまいましたが、
私の心の頁には、しっかり刻まれているので
決して消え去る事はありません!!(^^)

それから私は東京医科大学病院へ向かいました。
17年前に突然病いの人となった珈琲の師を見舞う為に・・・

満面の笑みで迎えてくださったのですが、やはり
やつれた姿は痛々しく、お元気だった頃の姿が想い出され
「健康」ということがどれだけ幸せなことかということを
改めて思わずにはいられませんでした。

翌日は「おのぼりさん」よろしく、今ブームの観光を!!
エスコートをしてくれたのは30年来の友人薫ちゃん(^^)
電車の乗り継ぎも彼女のお蔭でスムーズに(^^)v
美味しいイタリアンもご馳走になり
最終日には、修行当時新宿店にいらっしゃった先輩の
千葉さんに会うべく銀座へ向かいました。

現在工事中の歌舞伎座から路地へ入るとすぐに
その看板が見えました!!「茜屋珈琲店」と・・・

そっと扉を押すと、カウンターの中に懐かしい顔がありました。
30年の時を越えあの頃の「千葉節」を聴かせて戴きました(^^)
私達の問い掛けに対してすぐに秘密の玉手箱から次々と資料が
出て来て驚かされるのも昔のままでした。
今でも物識り博士千葉さんは健在でありました(^^)/

この銀座茜屋には私の存じ上げているお客様が
今もおみえになっているようでした(^^)
数年前に米子へ訪ねて来てくださった佐藤さんや大前さんです。
やはり東京は私のふるさと・・・なのかもしれません。

 

 

 

後援者

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連日30°を越える夏日が続いていますが
みなさんお元気でしょうか~?!
愈々梅雨が明け本格的な夏到来で、
私はやっとこの暑さに慣れてきたところです(^^)

そんな時もやはり元気を下さるのはお客様です!!

梅雨明け前の午後のことでした。
白髪交じりのお髭の男性とその奥様とお見受けする
何となく都会の香りのするお二人が入ってこられました。

初めて吹野へいらして下さった様子のおふたりは
暫くメニューと睨めっこが続いた後に
「アールグレイにミルクをたっぷり入れた紅茶を
 作っていただくことできますか?!」と・・・・・

少しお話を聞かせて戴いてみると、
ご主人がお飲みになりたいのは「チャイ」だと判明しました!!
紅茶のリストにあるメニューなのですが
どうやら見つけられなかったようでした(^^)
ご主人はそれを、奥様はロイヤルミルクティーを
加えてニューヨークチーズケーキと生クレームブリュレも
ご注文いただき、私のお仕事スタートです!!

「チャイ」は吹野の人気メニューのひとつです。
珈琲専門店にも拘らず・・・です(^^)
それゆえひと口飲まれた瞬間「これ美味しい~!!」
というご主人の歓声は嬉しい声でした(^^)v
その後口にされるそれぞれのケーキからも
美味しい~!!の声は連発され、
作り手にとっては最高に嬉しい瞬間が訪れていました。

するとご主人が徐に語りはじめられたお話が・・・
「私達10年前に東京からこっちに帰ってきたんですが
 実は東京で紅茶専門店をやってたんです!!
 なのですが、このチャイ凄く美味しいです~☆」と
 更に「どこでこんな美味しい紅茶の淹れ方を
 学ばれたんですか?!とまで・・・
 ケーキについても
「私達も店でケーキを出していたんですが、
 ケーキ屋さんが作る豪華なデコレーションしたものではなく
 素朴な手作りケーキを出したくて、近所に住んでいる
 趣味でケーキを作っている主婦に頼んで何も飾らない
 味に拘ったものをお出ししていたらそれが人気で!!」と

だから吹野の素朴だけど素材の味を生かしたケーキを
気に入って下さったようでした(^^)

「米子に帰ってきて10年、どこに行っても私の口には合わず、
 先日ここのお店を教えてくれた人がいて、今日来たんですが、
 こんなに美味しい紅茶とこんなに美味しいケーキに
 めぐり会えるとは思いませんでした!!」

と、抱えきれないほどの沢山のお褒めの言葉を戴き
私もこの仕事を続けていて本当に良かったと思わせて戴けた
しあわせなひとときを頂戴しました。

因みにそのご紹介下さった方はどなたかとお訊ねすると
歯科医のSさんです、と・・・

Sくんは、高校生の時から吹野へ足を運んでくれていた
古くからのお客様でした。が、
数年前、吹野が「全席禁煙」にさせて戴いたもので、
愛煙家のSくんの足は遠のいてしまっていました。
煙草の魅力に珈琲が勝てなかったのか・・・と
残念に思っていたのですが、でもこうして
「吹野」を紹介してくれている事を知り
本当に嬉しく、感激しました・・・

こんなふうに私の知らないところで
そっと吹野を応援、後押しをしてくださっている人達が
いらっしゃるお蔭で31年もの間存続できた吹野があるんです。

Sくんがこのブログを見てくれているのかどうかはわかりません。
でも、ここでお礼を言わせて戴きます。
このお二人に吹野を紹介してくださってありがとう~☆☆
「珈琲を飲もうと思って来たけどあまりに沢山紅茶が揃っていて
 嬉しくなってつい紅茶を頼んでしまいました(^^)
 今度は珈琲を飲みに来ます」とご主人
「もっと早くこのお店知りたかったわ~!!」と奥様の悔しげな声

またお二人が訪れて下さる日を愉しみにお待ちする事にします。

Sくんも少しだけ煙草を我慢する気持ちになれる日が来たら
また吹野のドアを押して下さい。その日を愉しみに・・・
これから続く猛暑の日々に立ち向かおうと思います

投稿

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それは7月3日の夕刻のこと。
少し前までカウンターでブラジルを飲み
帰って行ったKちゃんからメールが届いた。
何事?!と開いてみると
「今、新聞見たら吹野が載ってる!!
  いや~新聞で見ると感動するわ~(^^)」
という少し興奮気味のメール・・・

当店には日本海新聞という地方紙とスポーツ紙
しかないので「どこの新聞?!」と問い返すと
「山陰中央新報のこだまっていう投稿欄に」
という返信がありました。

翌日にはまた違うお客様より
「昨日ここのお店新聞に載っていましたよね!!
 ここの事だってすぐわかりましたよ(^^)」
と仰るご婦人もいらっしゃいました。

2日後メールの彼女がその新聞を届けてくれました。
その新聞が今私の手元にあります。

2012年7月3日付『山陰中央新報』16面
「こだま」という投稿欄の中に
「コーヒー店 ちょっといい話」という題名の投稿が
載っており、確かにここ吹野での出来事が綴られていて、
投稿者もこの頃よくお出でくださる方でした。

その内容は先日ブログ「バリアフリー」にてご紹介した
車椅子のお二人のことでした。
投稿者Sさんはあの時偶然その場に居合わせた方でした。

その内容をここに紹介させて戴きます。

  米子市角盤町に古くからあるコーヒー店がある。
  レトロな感じが好きで、時々友人を誘って出かける。
   先日も友人を誘ってコーヒーを楽しんでいた。
  車椅子に乗せられた老婦人とそれを押す息子さんらしき親子が
  「時間を考えずにすみません、いいですか?」と
  遠慮がちに入って来られた。
  「どうぞお入りください」
  お店の方はてきぱきと椅子を片付け、車椅子が入れるようにされた。
   きっとこの親子連れは常連さんなんだろう。
  車椅子に座って居られる様子から、
  歩くことも話す事もご不自由なのだろう。
  この親子にとって、このコーヒー店で過ごすひとときは
  とても大切な時間なのだろう。
   母親の思いを大切にしようとする息子さん、
  それを何の偏見もなく受け入れるお店の方。
   三十数年間、医療現場で働いてきた私にとっても
  教えられることが多い出来事であった。

私がいつも息子さんに対して感じていることを
この方も同じように感じて下さっていました。

数日後、この投稿をしてくださった方がおみえになりました。
吹野でのさり気ない日常をこんな風に取り上げて戴いたこと
とても嬉しくお礼を申し上げました。
すると「自分も医療現場におり、いつも目にしている光景
なのに、あの日あの時、何をしてあげればいいのか・・・
と、何も手が出せなかったです。」と呟くように仰いました。

そして「とても感動しました!!
そんな出来事があると、つい投稿したくなるんですよ(^^)」

投稿して下さったSさん、いち早く見つけてくれたKさん
どうもありがとう(^^)/

珈琲屋 吹野 の「ちょっといい話」・・・おしまい・・・