この山陰地方は、昨年末から新年にかけての豪雪で
スコップやゴム長靴、石油ストーブなどが
店頭から姿を消す・・・という現象が起こりました。
そしてこの東北の震災では、ペットボトルの水や
トイレットペーパー、カップ麺などが
品薄になっていたようでした。
その中の一つに「乾電池」という情報もありました。
が、私はこのところ充電式の電池を利用しており、
また、こちらの店頭には沢山の電池が棚に並んでいるのを
見かけていたので、何の心配もいらないと思っていました。
ところが先日の朝、ガスコンロの火が点きません!!
コンロの電池切れで着火しなくなったのです!!!
いつも、そろそろ電池が切れるという警告のランプが
点灯し、前以て知らせてくれるのですが、
いつもそのランプが灯ってからでも一週間くらいは大丈夫
なので、その日はまだ2日目くらいだったから、
すっかり安心しきっていました。
買い置きもなかった為、大慌てでとりあえず
近くのスーパーに駆け込みました。
いつも地下食料品売り場のレジ近くに電池は売られているので
一目散に駆け込み、並んでいる電池の中から
一番大きいのを探しました。が、ありません・・・
店の方に尋ねると「単一電池はないんですよ」と仰る・・・
それでは、と、3階にある電気製品コーナーへと駆け上がりました。
しかし、そこの電池の棚にも単一だけありません・・・
呆然と棚を見詰める私に店員さんが気の毒そうな声で
「単一ですか~?!」と声をかけて下さいました。
「はい・・・ガスコンロ用なので、これが無いと
ちょっと困るんです~(><)」と悲痛な声を出すと
優しい店員さんは「もしかしたら4階の百円均一にあるかも?!」
と教えて下さいました。
お礼を言い、さらに上階へ駆け上がって電池の棚へ向かいましたが、
期待は裏切られ、その棚にも単一だけ姿を消していました。
どうしよう・・・これでは今日の営業は出来ない。
皆が無い無いと騒いでいた電池はこの単一くんだったんだ・・・と
その時初めて知った私でした(><)!!
東北の災害が私個人に初めて影響を及ぼした出来事でした。
おそらくこれ以上、米子中の店を探しても無いと思われ、
ならば、誰か買い置きをしている人に分けて戴くしかないと思い、
まずは、姉に電話をしてみました。
さすが姉さん、お持ちでいらっしゃいました~(^^)v
すぐに届けて貰い、朝一番のお客様には少々お時間を戴くことに
なりましたが、それでも無事その日の営業を行う事が出来ました~☆
そして次の日・・・
昨日の朝、少々お待たせしてしまった常連のお客様が、
「これ、どうぞ~♪」と下さったのは単一電池・・・
今のが切れたらこれを使って下さいとの御厚意でした。
有難く頂戴しました~(^^)
という、冷や汗ものの後日談をお客様にしたら、
「吹野さん、皆さんに愛されてるのね~☆♪☆」と言われました。
本当にそうですね(^^)
いつもこうした皆さんの温かいご好意に支えられている・・・
改めてしみじみ感謝した一日でした(^^)
米子三中さん、「キャラメルバナナトースト」気に入って戴けて
嬉しいです(^^)v
コメントありがとうございました~☆
今日は4月11日・・・
あの震災から丁度1ヵ月が経ちました。
この1ヵ月は被災者の方たちにとって
長かったでしょうか?!短かったでしょうか?!
家や船や工場を流されてしまった方や
大切な家族を失った方にとって
この1ヵ月はどう感じられるのでしょうか?!
少しずつ復興し始めているところもありますが、
まだまだ手付かずで、瓦礫が山のように積み上げられたまま
になっているところも多く、心の傷は癒されないまま
時が流れたような気がします。
東北の被害に比べたら、かなり良い方かも知れませんが、
千葉県も液状化などの影響で家が傾いたり、
まだライフラインが復旧していないところも多いと
報道されています。
その浦和に住む佐藤さん、花見川に住む谷ヤンのことが
気がかりです。
あえて連絡はしていません。
「大丈夫ですか~?!」などと電話をしても
空しい気がしてならないからです。
でも、もしこのブログを見る余裕が出来ていて、
心のゆとりがあれば、ここにコメントを下さい(^^)
待っています。
この震災で、本当に日本という国が心配になりました。
なんだか???????ばかりだからです(><)
阪神淡路大震災の教訓もいかされておらず、
明治三陸津波被害も忘れ去られており、
世界でただ一つ原爆を投下され、
その恐ろしさも充分知っていたはずなのに・・・
世界から日本国民は賞賛されていても、
政府に対する評価は・・・・・
昨日は統一地方選挙が行われましたが、
投票終了時間が8時、にもかかわらず、
8時から始まった開票速報ではなんと、
番組が始まると同時にもう「当確」が表示されている。
これ、おかしいと思いませんか?!
本当にこの国は「変」です!!
自分が生まれ育った国、だから大好きな「日本」が、
変になって行くのが悲しいです。
ご無沙汰していました。
3月1日以来、ずっと更新していませんでしたが、
実は11日、穏やかなブログを更新しようとしていました。
ところが、皆さんご存知の通りそんなのんびりした事を
綴っている場合ではない出来事が、
突然起こってしまいました!!
その第一報が齎されたのは11日午後4時頃だったと思います。
テレビもラジオも無いところに居る私の元に一本の電話が入りました。
それは「今大変な事が起こっているよ!!
日本中が大変なことになっているよ!!
東北に大きな地震と津波が来て、何もかも流されて・・・」
という電話なのですが、要領を得ません。
でも、兎に角大変な事が起こっている、ということだけは
伝わってきました。
その後いらっしゃったお客様もみなさん何もご存じ無く、
吹野はいつもと変わらない営みを続けました。
それからもう一本「大変な状況になっている」という電話が入り、
何だか不安に駆られながら覚悟をして、家路に着きました。
すると、テレビはCMも無い、報道特別番組ばかりになっており、
各地の悲惨な情景が映し出されていて、
まるで映画かドラマのCG映像のようで、
とても現実とは信じられない光景ばかりでした。
私は今日一日、いつもと変わらない普通の一日を過ごして来たのに、
同じ日本の東北では、大変な災害があり、多くの人々や物を
一瞬にして呑み込んでしまった・・・
そんな現実が、夢ではなく実際に起こったのだと、
実感し始めていました。
夜になっても報道は続いていました。
床に就いてからも、眠れぬままずっとテレビの報道を観ていました。
翌朝、ついに私は動けなくなっていました。
なんとか起き上がろうとするのですが、あまりの衝撃に、
身体が耐え切れなくなったのです。
やむ無く、お店は休む事にしました。
張り紙も無い臨時休業を心配して下さった方もいらっしゃいました。
お出で戴いた方々にも大変ご迷惑をお掛けしました。
この場を借りてお詫び申し上げます。
それから毎日、新聞やテレビで報道される更なる悲惨な状況。
その上、福島原発の被害も大きい事が判明。
今迄当たり前だった事が当たり前でなくなった・・・
暖かい布団に包まって眠れるという事。
毎日お風呂に入れて、美味しいご飯が食べられる事。
いつもと変わらない家族や友達の笑顔がある事。
朝目覚めた時、昨日と変わらない風景が窓の外に広がっている事。
これらが、どんなに幸せな事か・・・・・
何をどう綴っていいのか、言葉が見つからず、
しばらくブログを開く事が出来ませんでしたが、
やっと想いを綴ってみようという気持ちになれました。
毎日東北の人達の逞しさ、強さ、他人を思いやる心に
胸打たれています。
被災からまだ2週間ですが、もうすでに復興し始めています。
福島原発でも、命を賭して目に見えない敵と懸命に
戦って下さっている方々がいらっしゃることを忘れてはいけません。
今ある命を一日一日大切に生きること・・・
地震列島の日本です。
いつ私たちの身に起こってもおかしくない事です。
なんだか人生観が変わりました。
今日から3月~☆
あの豪雪の日々から、やっと春になるのです(^^)
がしかし、明日、明後日にはまた雪の予報が・・・
なかなか簡単には春はやって来ないようですね(><)
せめて、美味しいスィーツでは「春」を感じて戴こうと
季節限定レアチーズケーキは、冬の「柚子のチーズケーキ」
から「桜のチーズケーキ」となりました~☆☆☆
ほんのり桜の香りのするチーズケーキです。
一足早い春の気分を味わって戴ければと思います(^^)
先日の暖かさに冬物を片付けてしまった私は、
少しやせ我慢をして頑張りたいと思っています。
みなさんも体調管理に気を付けて、
少し暖かい日には「春風に誘われて珈琲タイム」
などにお出掛け下さいませ~♪
春からの新入学で、旅立つ子供たちを見送る淋しさを
味わっていらっしゃるお母さんも多いようです。
「春」は出会いや別れ・・・悲喜交々ですね・・・
少し前になりますが、Sさんとお話をしている時のこと。
昨年6月にお父様を亡くされたSさんが、
その当時の想い出を語って下さった時、
その病院にとても素敵な看護婦さん(今は看護士と言いますが
私はあえてこう呼ばせて戴きます)がいらして、とても親身に
なって下さったそうです。
その方の瞳がとても美しいので病床のお父様が、
出なくなった声を振り絞り、その看護婦さんの耳元に
「きれいな瞳しとるな~☆」と囁かれたのだそうです(^^)
その声を聞き取る事が出来なかった看護婦さんが
「え~?!な~に~?!」と訊き返されたので代わりにSさんが
「きれいな瞳だ~って言ってます(^^)」と伝えた・・・
そんなお話でした・・・・・
その時私の脳裏に蘇える人がいました・・・
今は亡き父が入院している時にも、私たち家族に
優しく寄り添って下さった看護婦さんがいらっしゃいました。
その「春美さん」のことを想い出したのです(^^)
父が最期の10日間を過ごした病室の担当をして下さったのが
いつも笑顔の「春美さん」でした・・・
何人かの看護婦さんが交代でついて下さるのですが、
私はその中で「春美さん」が一番好きでした~☆
心細い私たちを励ますように、いつも笑顔で、
呼吸器を持って来て下さる時も、吸引口に可愛い動物の顔が
付いている物を持って来て下さり、父が嫌がらずに出来るよう
小さな気配りをして下さったのが春美さんでした。
その日の午後、病院に居る家族から珈琲屋に
「急がなくていいから、ゆっくりでいいから、
気を付けて運転して、病院に来て・・・」
と電話がありました。
その日の朝、父のベットの側から離れたくない衝動に駆られ、
今日は店を休む!!という私に、何かあったらすぐ連絡するから、
安心して仕事に行きなさい・・・と無理やり病院を出た日でした。
なんだかそんな胸騒ぎがあったのは、気のせいではなかったようでした。
幾度も深呼吸を繰り返し、慎重に運転を・・・と心掛けながらも、
自然に涙が溢れ、何度も手で拭いながら病院へ向かい、
病室に駆け込むと、家族よりも先に、
父の一番側に居る春美さんの姿が目に飛び込みました。
泣きながら駆け込む私に、その一番側の席を譲ると私に、
バトンタッチだよ(^^)というように、いつもの笑顔を注ぎ、
静かに病室を出て行かれました。
10数年過ぎた今でも、その光景をまだはっきりと憶えています。
大切な家族を病院で看守るとき、一番身近で頼りになるのが
看護婦さんでした。
その中でも春美さんが一番私たちに寄り添って下さっていて、
春美さんがお休みの日は心細かった・・・
そんなことを想い出した翌日、その春美さんが珈琲屋に!!
吹野にはいつもこんなサプライズが起こります!!(^^)
こんなふうに、時々晴美さんは吹野へおいで下さいます。
あの時のほんの10日間だけのご縁です。
でも、なんだかず~っと長くお付き合いさせて戴いているような
そんな親しみを感じさせる人です・・・・(^^)
あれからいろんなことがあり、春美さんもこの春で
仕事を辞めることを決断されたそうです。
ほんとうに、大変なお仕事だったと思います。
これからは、お孫さんを看ながら、少しゆっくりして、
それからまた新たなお仕事をしていかれるとか(^^)
あの頃とちっとも変わらないあの笑顔で、
そんなお話をして下さいました。
「白衣の天使」なんてもう今では使われない言葉かもしれませんが、
私のとって春美さんはやっぱり「白衣の天使」です(^^)v
今年は、早いもので、父の「十三回忌」・・・です